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こどももゴルフ
去年からバレーでもジムでもお友達な男の子が「僕はゴルフだいすき」といったからでしょうか。去年冬から、ゴルフをやりたいと子ザル君がいうので、親すらしたこともないゴルフのレッスンを登録しました。
え?ゴルフレッスンですか?…というのが日本の人の感覚ではないかと思いますが。。
というのも 『ゴルフ=値段の高いスポーツ=金持ちのスポーツ、もしくはサラリーマンの接待』などといったイメージしかなく、私もかつてゴルフを接待でせねばならぬ父とともに、うちっぱなしにはいったことがあるのですが、これがけして楽しくなかった記憶しかなかったので、5歳のこんな年からゴルフですか…と思いつつも出かけていったのですが。

実はこのゴルフ場、雪がなくなるころから(一応設定は5月から)雪が降り出す前(9月)までの期間、4歳から6歳までの小さな子供たちもふくめてゴルフレッスンを行っています。
子ザル君はその最後の9月1か月のみを登録したのですが、行ってみたらば、その時間はあたり一面こどもがいっぱい。基本的にレッスンといっても姿勢をきっちり教えるというより、ゴルフの用語やマナー等を教えることがメインで、たとえば人が打っている範囲内には近寄らないなどといった安全面を中心に教えています。初日から子ザル君はパターを握って、短くボールを打つ練習をしていました。

2回目はすでにTをつかってのドライバー練習…。あんな握り方と振り方ではけっしてあたらないであろう…と思うのですが、先生はあんまり細かなことは指摘しません。先週はバンカーショットをやっていました。バンカーからボールを出すことは誰ひとりできませんでしたけれども…。それでも子供たちはとても楽しんでいるようで、初めてゴルフをやる子供はそんなレッスンで十分なのかもしれないなあとおもって眺めているのでした。そんなレッスンのわきでは、子供をつれた家族がふつうに一緒にラウンドしています。子ザル君の友達も、去年からもうすでになんどかお父さんやそのお友達家族と一緒にラウンドしているそうです。ゴルフ場に行くだけでかなり値段が高く、その上にラウンドするとなればかなりの金額がいるであろうと…というのも行ったことないのでしらないのですけど…予想される日本のゴルフではあまり考えられないゴルフのイメージの気軽さに、なんだかすごくゴルフの価値観の違いをみたようなおもいでありました。
日本はなんでもこういうことに対してハードルが高く、それだからこそなかなか値段も下がらないんではなかろうか…という気がするのでした。

ゴルフレッスンの芝の上にはかわいい子供用のゴルフのバッグが…。と思って写真を撮影したらば、なんとこれはレッスン上の道具ではなくて、すでにゴルフを去年からスタートしていた、お友達個人のもちものでありました。。
え?ゴルフレッスンですか?…というのが日本の人の感覚ではないかと思いますが。。
というのも 『ゴルフ=値段の高いスポーツ=金持ちのスポーツ、もしくはサラリーマンの接待』などといったイメージしかなく、私もかつてゴルフを接待でせねばならぬ父とともに、うちっぱなしにはいったことがあるのですが、これがけして楽しくなかった記憶しかなかったので、5歳のこんな年からゴルフですか…と思いつつも出かけていったのですが。

実はこのゴルフ場、雪がなくなるころから(一応設定は5月から)雪が降り出す前(9月)までの期間、4歳から6歳までの小さな子供たちもふくめてゴルフレッスンを行っています。
子ザル君はその最後の9月1か月のみを登録したのですが、行ってみたらば、その時間はあたり一面こどもがいっぱい。基本的にレッスンといっても姿勢をきっちり教えるというより、ゴルフの用語やマナー等を教えることがメインで、たとえば人が打っている範囲内には近寄らないなどといった安全面を中心に教えています。初日から子ザル君はパターを握って、短くボールを打つ練習をしていました。

2回目はすでにTをつかってのドライバー練習…。あんな握り方と振り方ではけっしてあたらないであろう…と思うのですが、先生はあんまり細かなことは指摘しません。先週はバンカーショットをやっていました。バンカーからボールを出すことは誰ひとりできませんでしたけれども…。それでも子供たちはとても楽しんでいるようで、初めてゴルフをやる子供はそんなレッスンで十分なのかもしれないなあとおもって眺めているのでした。そんなレッスンのわきでは、子供をつれた家族がふつうに一緒にラウンドしています。子ザル君の友達も、去年からもうすでになんどかお父さんやそのお友達家族と一緒にラウンドしているそうです。ゴルフ場に行くだけでかなり値段が高く、その上にラウンドするとなればかなりの金額がいるであろうと…というのも行ったことないのでしらないのですけど…予想される日本のゴルフではあまり考えられないゴルフのイメージの気軽さに、なんだかすごくゴルフの価値観の違いをみたようなおもいでありました。
日本はなんでもこういうことに対してハードルが高く、それだからこそなかなか値段も下がらないんではなかろうか…という気がするのでした。

ゴルフレッスンの芝の上にはかわいい子供用のゴルフのバッグが…。と思って写真を撮影したらば、なんとこれはレッスン上の道具ではなくて、すでにゴルフを去年からスタートしていた、お友達個人のもちものでありました。。
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by tinbraun2
| 2013-09-20 19:20
| 文化考
モンテッソーリ教育2
先日ペアレントナイト(保護者説明会でしょうね。日本語に直すと)があって、いってきました。少し早めに到着したので、教材や教室の様子をいろいろ写真に撮らせてもらいました。前回にも書きましたが、モンテッソーリは子供の指先での活動が脳の活性化につながるという医学的な観点から、さまざまな指先のレッスンをおこなう教材をつくりだしました。先生の説明によると、クラスの棚は整然と細かなものがきっちりと並んでいるのですけれど、その色は淡いピンクや青等に分けられており、実はそれぞれ教育テーマ別に分かれているそうです。
テーマはいろいろあるのですけれど、算数、国語、社会地理、生活といった日本語になるでしょうか…。(Primary life, Math, Language, sensory などです)


特に生活の項目では、まるでおままごとのような細かな道具がずらりと並んでいます。たとえば洗濯バサミとか。。子ザル君のクラスは3歳からのクラスなのですが、次第に社会の中でいろんなことができるようになっていく時期に、指先を子供たちはたくさん使うようになり、いろいろ感じるようになり、脳がそれと共に発達していくという考えの中で、指先の鍛錬をする教育教材がたくさん考え出されました。その一つがせんたくバサミ。

ほかにはガラスのピッチャーがコップと共におかれていて、まずは子供たちはプラスチックではなくとも、きちんと子供に扱い方をおしえればガラスをきちんと扱うようになることができるようになるということ。そのためにほんとに重く、繊細なガラスの容器をおき、子供たちが丁寧に扱う作業ができるように伝えていくそうです。
たとえばガラスの宝石箱の中に細かなアイテムがあって、それをあけて外に取り出し、ふたをあけて再びしめるとか、ガラスのピッチャーから、黒い線をひかれたカップに水をうつし、黒い線のところでとめることとか(この教育をすることで、子供たちは黒い線は「ここまでいれましょう」という意味であることをまなびます)。先日子ザル君がやったのは、スポンジに左のガラスの容器の水を含ませ、右の容器に水を移し替え、線のところまできちんといれるという作業だったそうです。こんなことなら、家でもできますね。

算数ではビーズが10個はいっているものが10個あって100個になる…などといった10進法をビーズを並べていくこと等で学んでいきます。ビーズがそれに加わったら11個とか…。

こどもはなんだかきらきら光るビーズをもてあそびつつ、10の数を頭にいれていくそうです。
社会科では、アメリカの地図のジグソーパズルがあって、まずそのパズルを紙の上においてなぞり、それぞれの形を描いて、色をぬり、最後は州のタグをつけて自分の地図を完成させていきながら、州の場所を覚えていくといったもの。

これらの教材は左から右、上から下に行くほど難しくなるように並んでいて、子供たちはまず簡単なところからしだいに難しい場所へと移行していくそうです。

さて、さらに驚いたのは、この学校はNPO法人だということです。日本ではあまり考えられないことですけれど。今度の週にはボランティアデーがあります。自分の子供たちの学校は、親が率先して参加し、一緒にいい学校にしていくという考え方。あの美しい壁の絵や、庭、砂場、庭木などすべてがなんと、親が子供と一緒に参加しつつ作り上げられてきたものだそうです。ボランティアはこういったボランティアデーだけでなく随時募集中で、親が子供の本を読んであげるボランティアや、金曜日は毎週ベーキングをしているのですけど、そのベーキングボランティアも募集中です。親が参加するのをみて、子供も一層張り切り、子供のその学校をさらに愛するようになるというシステムです。

かつてボランティアを取りまとめる仕事をしていた自分としても…非常に感じいるところがあるのでした。
次回はボランティアデーについてリポートできる…かな??(天気が心配ですー!!)
テーマはいろいろあるのですけれど、算数、国語、社会地理、生活といった日本語になるでしょうか…。(Primary life, Math, Language, sensory などです)


特に生活の項目では、まるでおままごとのような細かな道具がずらりと並んでいます。たとえば洗濯バサミとか。。子ザル君のクラスは3歳からのクラスなのですが、次第に社会の中でいろんなことができるようになっていく時期に、指先を子供たちはたくさん使うようになり、いろいろ感じるようになり、脳がそれと共に発達していくという考えの中で、指先の鍛錬をする教育教材がたくさん考え出されました。その一つがせんたくバサミ。

ほかにはガラスのピッチャーがコップと共におかれていて、まずは子供たちはプラスチックではなくとも、きちんと子供に扱い方をおしえればガラスをきちんと扱うようになることができるようになるということ。そのためにほんとに重く、繊細なガラスの容器をおき、子供たちが丁寧に扱う作業ができるように伝えていくそうです。
たとえばガラスの宝石箱の中に細かなアイテムがあって、それをあけて外に取り出し、ふたをあけて再びしめるとか、ガラスのピッチャーから、黒い線をひかれたカップに水をうつし、黒い線のところでとめることとか(この教育をすることで、子供たちは黒い線は「ここまでいれましょう」という意味であることをまなびます)。先日子ザル君がやったのは、スポンジに左のガラスの容器の水を含ませ、右の容器に水を移し替え、線のところまできちんといれるという作業だったそうです。こんなことなら、家でもできますね。

算数ではビーズが10個はいっているものが10個あって100個になる…などといった10進法をビーズを並べていくこと等で学んでいきます。ビーズがそれに加わったら11個とか…。

こどもはなんだかきらきら光るビーズをもてあそびつつ、10の数を頭にいれていくそうです。
社会科では、アメリカの地図のジグソーパズルがあって、まずそのパズルを紙の上においてなぞり、それぞれの形を描いて、色をぬり、最後は州のタグをつけて自分の地図を完成させていきながら、州の場所を覚えていくといったもの。

これらの教材は左から右、上から下に行くほど難しくなるように並んでいて、子供たちはまず簡単なところからしだいに難しい場所へと移行していくそうです。

さて、さらに驚いたのは、この学校はNPO法人だということです。日本ではあまり考えられないことですけれど。今度の週にはボランティアデーがあります。自分の子供たちの学校は、親が率先して参加し、一緒にいい学校にしていくという考え方。あの美しい壁の絵や、庭、砂場、庭木などすべてがなんと、親が子供と一緒に参加しつつ作り上げられてきたものだそうです。ボランティアはこういったボランティアデーだけでなく随時募集中で、親が子供の本を読んであげるボランティアや、金曜日は毎週ベーキングをしているのですけど、そのベーキングボランティアも募集中です。親が参加するのをみて、子供も一層張り切り、子供のその学校をさらに愛するようになるというシステムです。

かつてボランティアを取りまとめる仕事をしていた自分としても…非常に感じいるところがあるのでした。
次回はボランティアデーについてリポートできる…かな??(天気が心配ですー!!)
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by tinbraun2
| 2013-09-12 14:44
| 新生活?!
入学式とモンテッソーリ
8月28日はこちらの高校等の始業の日。子ザル君がこの秋から通うことになった学校もその日が初登校でした。
あんなに小さいとおもっていた子ザルも、もうすぐ6歳。日本ならば小学1年生です。こちらアメリカの公立小学校では、子ザル君の年の子供たちは、申込みをした人々のみ、公立小学校に付帯しているkindergardenに入ることができるようになり、もしこのクラスにいくならば、そのまま1年生をスタートすることができるシステムです。…とかいたのですが、私はこのkindergardenがずっと意味不明でした。日本ではkindergardenといえば幼稚園のことです。なのにアメリカでは、これは学校になり、preschool とは違うというのです。
いずれにしてもこちらは8年生、9年生といった言い方で、日本のように小学校と中学校と、学校は途中で移動するにも関わらず、通して学年を数えていくので、kindergardenといっても、やはり日本のイメージでは小学1年生的なイメージのあるものなのかもしれません。大きな違いはこちらではkindergarden は申込みをした人のみ、義務教育ではないというところ。
我が家も子ザルくんを公立の小学校に入れるべく、申込みをしていたのですが、この夏に行かせた私立の学校(モンテッソーリ式)の施設の雰囲気や先生の雰囲気にずいぶん感心して、公立学校をやめて私立に通わせることになったのですが、彼は夏の学期をかよったとはいえ、新入生としての扱いで、その2日前から模擬クラスとして午前中2日間がありました。実は親に対してもオリエンテーションがあって、先生から親たちも、モンテッソーリとはなんぞやといった講義がありました。

ちなみに公立の学校は一足遅いスタートで、子ザル君が正式に授業をスタートした28日がオリエンテーションの日。はたしてこちらの学校にいっていたらばいったいどんな内容だったのであろうというのは少し興味があるところであったのでしたが…。
こちらの学校は、入るときは実に気合が入らないシステム。
つまり、どんなに新入学だろうが、儀式は全くありません。突然その日からふつうにクラスがはじまるのです。
子ザル君は夏にこの学校にすでに通っていたので、施設もよくわかっているし、先生も知っている人が一部いるし、ロッカー等も大体同じ場所なので、緊張感がなく(いえ、、少しくらいあったのかもしれないのですけど…)儀式もないので余計にふつうにはじまりました。
そこが子供にとっては変な緊張がないのでいいような気もすれば、何か将来この日が重要な日であったという思いをもって記憶するのだろうか?といえばそういう気持ちは決して抱かないであろうとしか思えないくらい普通に始まりました。新しく公立にいってたら、入学式がなくとも少しは違う気分だったのかもしれないのですけど。
なんでこの話を長たらしく書いているかといえば、やっぱりなんだか入学式とか終業式って、経験してきた自分からすれば、何か一つの新しいことが始まる!というどきどきと緊張といろんなものがまじりあった気分があって、親としてもなにか感じるところもあるし、私としてはあったほうがよいなあと思ったからでありますが。。

でも子ザル君は、親から今日からkindergardenだよと何度もきかされ、おまけに日本の祖父母と携帯のスカイプでブロードキャスティングしながら初登校をしたこともあって、少しは何か違うことが始まるのかなとは思っていたようではあります。
とにかくその日は入学式はなくとも初登校の記念の一日だから写真に残しておこうとおもっていたらば、帰りのお迎えの時間はものすごいストームで、ヒョウまでふってきて写真を断念。翌日の写真と相成りました。

さて、話が長くなるのでありますが、このモンテッソーリ式というのはイタリアのローマでモンテッソーリ女史が始めた教育システムです。初めて聞いたこのシステムを、もう少し理解しようと、かつて本を読んだことがあるのですが、今この場所でこれを語り始めると長くなるので興味がある人は図書館ででも本を読んでみてくださいませ。
とりあえずこの教育は学校として黒板があり、みんなが机をならべて教科書を開くといったシステムではなく、子供たちはその場に用意されているいろんな教育用アイテム(これはモンテッソーリさんがこどもは指先をつかうことで多くを学んでいくということから考えだしたいろんなアイテムで、レゴ等のおもちゃはすべてこういうモンテッソーリ式思想に基づいて作られたおもちゃなのだそうです)が教室のロッカーにしまってあります。 子供たちはそれを先生に「今日はこれをやりたい」と意思表示をし、もしそれが初めてやるものであれば先生はそれを最初どのようにやるか、子供の前でやって見せ、その後は子供が助けを求める、もしくは困ってしまって立ち往生していれば「てつだいましょうか?」と声をかけ、こどもが手伝ってといえば手伝う、手伝ってといわないならば子供の意志を尊重してそのままにする、そしてこどもがうまくやれてもうまくやれなくてもそれはそれで終わり、子供に片付けをうながし、ロッカーに戻すまでを行うといった形で進んでいきます。先生は教室に3人。1人は全体の時間の管理等をする人で、どの先生も子供の進捗状況を常にノートにつけていくそうです。
いったいロッカーにしまわれているアイテムとはいったい何なのか?といえば、実にそれは様々のようで、
毎日聞くと子ザル君はちがったことをやっています。それもけして同じアイテムを同じ時間にやっている生徒はいないんだそうです。
先日彼にやったことを聞くと、片方の器に入っている水を別の容器にスポンジを使って移し替えるといった作業や、ほそいパイプとパイプをコネクターでつないでいって、何かの形を作る作業、先日持ち帰ったのはアルファベットブックでしたが、このアルファベットは、最初から何かバケツの中にこれらの文字が書いたカードがあって、それを取り出してはみて書くといったもので、全部で8つくらいのことばを練習して冊子をつくることまでおこなって終わりといったもので、これも子ザル君が自ら進んで選んだアクティビティだったそうです。
スポンジやパイプは非常に細かな作業を行うことができる練習になるのだろうなと思います。
ほかに学校ではリサイクルのこと、世界にはいろんな人々がいて、みんな違っているのは当たり前で、お互いを尊重しましょうといった平和についての授業にも力を入れているそうです。教室に入る前の壁にはいろんなお知らせがはってあるのですが、卵の殻をオーブンで焼いて持ってきてくれませんか?

というものがあって、いったい何にするのかと思いきゃ、学校では鶏やヤギ等を飼っているのですけど、卵の殻は鶏の餌にするそうで、子供たちがその持ち込まれた殻を細かくすりつぶして、動物にあげるまでの作業を行うようです。学校の一角に、ウサギのえさ、鶏の餌等書かれた小さなバケツがあって、ウサギの餌のバケツにはその日子供たちが食べたらしいバナナの皮等がリサイクルされるべく入っていました。

また、先生は今、子供たちが先生が他の子供で忙しいときに、「先生きいてきいてきいて!!」と大声でいわないように、先生に声をかける時のマナーも教えていて、それを家庭でも同じようにやりましょうという先生からのお手紙もおいてあったりして、ほんとこちらもいろんな意味でこの学校に感心しているのでした。

あんなに小さいとおもっていた子ザルも、もうすぐ6歳。日本ならば小学1年生です。こちらアメリカの公立小学校では、子ザル君の年の子供たちは、申込みをした人々のみ、公立小学校に付帯しているkindergardenに入ることができるようになり、もしこのクラスにいくならば、そのまま1年生をスタートすることができるシステムです。…とかいたのですが、私はこのkindergardenがずっと意味不明でした。日本ではkindergardenといえば幼稚園のことです。なのにアメリカでは、これは学校になり、preschool とは違うというのです。
いずれにしてもこちらは8年生、9年生といった言い方で、日本のように小学校と中学校と、学校は途中で移動するにも関わらず、通して学年を数えていくので、kindergardenといっても、やはり日本のイメージでは小学1年生的なイメージのあるものなのかもしれません。大きな違いはこちらではkindergarden は申込みをした人のみ、義務教育ではないというところ。
我が家も子ザルくんを公立の小学校に入れるべく、申込みをしていたのですが、この夏に行かせた私立の学校(モンテッソーリ式)の施設の雰囲気や先生の雰囲気にずいぶん感心して、公立学校をやめて私立に通わせることになったのですが、彼は夏の学期をかよったとはいえ、新入生としての扱いで、その2日前から模擬クラスとして午前中2日間がありました。実は親に対してもオリエンテーションがあって、先生から親たちも、モンテッソーリとはなんぞやといった講義がありました。

ちなみに公立の学校は一足遅いスタートで、子ザル君が正式に授業をスタートした28日がオリエンテーションの日。はたしてこちらの学校にいっていたらばいったいどんな内容だったのであろうというのは少し興味があるところであったのでしたが…。
こちらの学校は、入るときは実に気合が入らないシステム。
つまり、どんなに新入学だろうが、儀式は全くありません。突然その日からふつうにクラスがはじまるのです。
子ザル君は夏にこの学校にすでに通っていたので、施設もよくわかっているし、先生も知っている人が一部いるし、ロッカー等も大体同じ場所なので、緊張感がなく(いえ、、少しくらいあったのかもしれないのですけど…)儀式もないので余計にふつうにはじまりました。
そこが子供にとっては変な緊張がないのでいいような気もすれば、何か将来この日が重要な日であったという思いをもって記憶するのだろうか?といえばそういう気持ちは決して抱かないであろうとしか思えないくらい普通に始まりました。新しく公立にいってたら、入学式がなくとも少しは違う気分だったのかもしれないのですけど。
なんでこの話を長たらしく書いているかといえば、やっぱりなんだか入学式とか終業式って、経験してきた自分からすれば、何か一つの新しいことが始まる!というどきどきと緊張といろんなものがまじりあった気分があって、親としてもなにか感じるところもあるし、私としてはあったほうがよいなあと思ったからでありますが。。

でも子ザル君は、親から今日からkindergardenだよと何度もきかされ、おまけに日本の祖父母と携帯のスカイプでブロードキャスティングしながら初登校をしたこともあって、少しは何か違うことが始まるのかなとは思っていたようではあります。
とにかくその日は入学式はなくとも初登校の記念の一日だから写真に残しておこうとおもっていたらば、帰りのお迎えの時間はものすごいストームで、ヒョウまでふってきて写真を断念。翌日の写真と相成りました。

さて、話が長くなるのでありますが、このモンテッソーリ式というのはイタリアのローマでモンテッソーリ女史が始めた教育システムです。初めて聞いたこのシステムを、もう少し理解しようと、かつて本を読んだことがあるのですが、今この場所でこれを語り始めると長くなるので興味がある人は図書館ででも本を読んでみてくださいませ。
とりあえずこの教育は学校として黒板があり、みんなが机をならべて教科書を開くといったシステムではなく、子供たちはその場に用意されているいろんな教育用アイテム(これはモンテッソーリさんがこどもは指先をつかうことで多くを学んでいくということから考えだしたいろんなアイテムで、レゴ等のおもちゃはすべてこういうモンテッソーリ式思想に基づいて作られたおもちゃなのだそうです)が教室のロッカーにしまってあります。 子供たちはそれを先生に「今日はこれをやりたい」と意思表示をし、もしそれが初めてやるものであれば先生はそれを最初どのようにやるか、子供の前でやって見せ、その後は子供が助けを求める、もしくは困ってしまって立ち往生していれば「てつだいましょうか?」と声をかけ、こどもが手伝ってといえば手伝う、手伝ってといわないならば子供の意志を尊重してそのままにする、そしてこどもがうまくやれてもうまくやれなくてもそれはそれで終わり、子供に片付けをうながし、ロッカーに戻すまでを行うといった形で進んでいきます。先生は教室に3人。1人は全体の時間の管理等をする人で、どの先生も子供の進捗状況を常にノートにつけていくそうです。
いったいロッカーにしまわれているアイテムとはいったい何なのか?といえば、実にそれは様々のようで、
毎日聞くと子ザル君はちがったことをやっています。それもけして同じアイテムを同じ時間にやっている生徒はいないんだそうです。
先日彼にやったことを聞くと、片方の器に入っている水を別の容器にスポンジを使って移し替えるといった作業や、ほそいパイプとパイプをコネクターでつないでいって、何かの形を作る作業、先日持ち帰ったのはアルファベットブックでしたが、このアルファベットは、最初から何かバケツの中にこれらの文字が書いたカードがあって、それを取り出してはみて書くといったもので、全部で8つくらいのことばを練習して冊子をつくることまでおこなって終わりといったもので、これも子ザル君が自ら進んで選んだアクティビティだったそうです。
スポンジやパイプは非常に細かな作業を行うことができる練習になるのだろうなと思います。
ほかに学校ではリサイクルのこと、世界にはいろんな人々がいて、みんな違っているのは当たり前で、お互いを尊重しましょうといった平和についての授業にも力を入れているそうです。教室に入る前の壁にはいろんなお知らせがはってあるのですが、卵の殻をオーブンで焼いて持ってきてくれませんか?

というものがあって、いったい何にするのかと思いきゃ、学校では鶏やヤギ等を飼っているのですけど、卵の殻は鶏の餌にするそうで、子供たちがその持ち込まれた殻を細かくすりつぶして、動物にあげるまでの作業を行うようです。学校の一角に、ウサギのえさ、鶏の餌等書かれた小さなバケツがあって、ウサギの餌のバケツにはその日子供たちが食べたらしいバナナの皮等がリサイクルされるべく入っていました。

また、先生は今、子供たちが先生が他の子供で忙しいときに、「先生きいてきいてきいて!!」と大声でいわないように、先生に声をかける時のマナーも教えていて、それを家庭でも同じようにやりましょうという先生からのお手紙もおいてあったりして、ほんとこちらもいろんな意味でこの学校に感心しているのでした。

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by tinbraun2
| 2013-09-01 19:09
| 新生活?!
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