ところ変われば?!

出逢い

我が家の近くはいまでも滋賀県から京都へと移動する人々で多くの車が走る道路ですが、この道路を行くと比叡山へといきつきます。私の幼いころの記憶ではこの道路にそって走る川は今のようにコンクリートで護岸を固められてしまわない頃はたくさんのソメイヨシノが川沿いに立ち並び、その眺めも美しく、道沿いにある銭湯からはその湯をたく薪の煙があがり、、ちょうど暮れなずむ夕方ごろには、京都大学が近いこともあって風呂つきが当然ではなかったかつて、下宿から通う学生さんたちが川のせせらぎをバックに下駄の音をカランコロンと響かせる、今ではなんともノスタルジックな情景がそこにあったのでした。

その桜も川の護岸工事に伴ってすべて伐採され、緑のおおわれた護岸はなんともはや殺風景なコンクリートの景色にかわり、川の流れの音も、かつてのようなやさいしい音ではなくなり…というか、人が歩くにはむかぬほど交通量の多い場所に変わったために、川のせせらぎなどなにもきこえない場所となったのでした。

その後しばらく頑張って営業していた銭湯もユニットバスが普通のマンションが大学生の住まいへとかわってしまったあたりからしんどいことになり、ついには去年の冬に営業を停止。煙突はまだあるものの、煙が上がる姿はもうみられなくなったのでした
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さて、比叡山と京都をつなぐこの道路では、比叡山延暦寺の僧が修行のために山を下りてくる道でもあり、道沿いの家家は朗朗と響く僧侶のお~~~という唱えの音が聞こえると、かならず幾何かのお金を準備して玄関先で待ち受け、近くを通ると僧侶を呼び止め、「ご苦労様でございます」などといってお布施をお渡しするという風景がありました。

私が子供頃、祖父母の家にいて僧侶の声が聞こえると、必ず祖父母から外に出てお布施をお渡しするように言われ、少々緊張しつつ礼をするお坊さんにあわてつつピョコンと頭を下げたことを思い出します。

今までそんな比叡山の僧侶の存在をすっかり忘れていたのですが、つい最近その比叡山から寒行の修行僧が山から下りてきたのでした。

母は子ザル君に一目みせようと道を飛び出していきました。
かつては辻辻に多くの家の人がでて、僧侶にお布施をしようと待ち受けていたものですが、私の見る限り、お布施をしたのはこの近辺では我が家だけ。

子ザル君は母にだかれつつ托鉢の鉢にお金をいれましたが、一礼する僧の前ではどうするべきかがわからず戸惑いの様子でありました。
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交通量の多い道路はさぞかし僧侶も歩きづらいことでしょう。
また、車の音にきえて、僧の修行の声も各家庭には届かないのか。
もしくはもうこの声がきこえてきても、何のための声なのかを判別できる人が減ってしまっているのかもしれません。

僧侶の歩く道も変われば、風景も音もすべてが時代とともに変化しているのでありましょう。
子ザル君の時代になってもこの風景が完全になくならないといいなと思うのでした。
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by tinbraun2 | 2010-11-28 18:44 | 文化考

自然度たっぷりのアメリカモンタナの大地で起こるいろんな発見をお伝えしていきます
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